Untitled Trueman's Digital Archive

~Gallery of Hindsight 2020~

Leica M Type240: 晩秋、そして「1973年のピンボール」

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上京して大学生として一人暮らしを始めたのは、都内でも有数の広大な墓地のそばにあった民家の二階の六畳間だった。下の階に五歳くらいの小さな女の子のいる夫婦が住んでいて、窓を開けると、見渡す限り墓地が広がっていた。時折夜中に金縛りにあったりすることはあったが、そのようなことを除けば、日当たりの良い、静かで居心地のいい部屋だった。

学校が始まってしばらくすると、悪友もでき始め、特によく一緒につるんでいたのは、近所の商店街から少し奥に入ったところにあった風呂なし共同便所のアパートの四畳半に住んでいた男だった。週末の夜、夕方に酒屋で安い甲類焼酎を買って、ファンタオレンジで割って飲みながら、一晩中いろいろな話をした。今となっては何をそんなに話すことがあったのか、そもそも何を話していたのか、全く記憶にないのだけど。

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とにかく、その男に勧められたのが「ハルキ」だったのだ。

「え、お前、ハルキ読んだことないの?」

「なんだよ、ハルキって」

村上春樹だよ。知らねーの?」

ノルウェイの森」がベストセラーになる前、「世界の終わりと・・・」も出ていなくて、「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」の3冊だけだったけど、買って読んでみた。1984年のことである。

すぐに村上春樹の作品の世界に夢中になったのだが、なぜ、村上春樹の物語に惹かれるのか、その理由はよくわからなかった。時代のキブン、なんとなく憂鬱なかんじ、そして都会的なイメージに惹かれていたのだと思うが、作品自体の意味を深く考えたことはあまりなかった。そんなことよりも他に、楽しくて切迫した問題が、たくさんあったからだと思う。

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ふとしたきっかけで、「1973年のピンボール」を改めて読んでみた。

そして実に感じ入ったのは「物語」の不在である。起承転結が、ないのだ。話の筋はこうだ。

東京郊外のアパートに住んでいる僕は、大学の友人と始めた小さな翻訳会社の共同経営者だ。共同経営者といっても、友人と、僕と、足の長い二十歳そこそこの事務の女の子の3人の小さな会社だ。僕は名前も知らない双子の女の子と一緒に暮らしている。ある日電信会社の技師が「配電盤」を交換するためにアパートにやってくるが、新しい配電盤に取り替えた後、古い配電盤をおき忘れていってしまう。取り外された古い配電盤は徐々に「死んで」いく。そして僕は古い配電盤の「葬式」をするため、共同経営者から借りた車で雨の日曜日に双子と一緒に郊外に向かい、溜池の中にその配電盤を捨てる。突如として(としかいえないほど唐突に)僕は学生の頃(と言っても1973年から逆算して3年前のことに過ぎないが・・・この、眠りにつく前にカントの純粋理性批判を読むという老成した主人公は、なんと24歳という若さなのだ!)に夢中になったピンボールマシンのことを思い出し、そのピンボールマシンの行方を探す。そして意外とあっさりとそのピンボールマシンを見つけ出す(というか、人に見つけてもらう)。東京都内だが、どこか得体の知れない郊外の潰れた養鶏場の冷凍倉庫のなかでそのピンボールマシンと再開した僕は、そのピンボールマシンと手短かな「対話」をする。そして日々は元に戻り、秋は深まり、双子は僕のアパートを去っていく。「何もかもがすきとおってしまいそうな11月の日曜日」に僕はビートルズの「ラバーソウル」を聴きながら、コーヒーを飲む。

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「僕」の物語と並行して僕の高校時代の友人である「鼠」の物語が進行するが、こちらも起承転結はない。大学に馴染めずに退学した「鼠」は毎日バーでビールを飲み、中国人のバーテンダーの「ジェイ」を相手に世間話をするだけが唯一の人的交流という「無為な」生活を送っている。ある日雑誌の不要物売ります買いますのページで見つけた電動タイプライターを買った鼠は、売主の女性と肉体関係を結ぶ。土曜日に彼女と会い、日曜日から金曜日を彼女と過ごした時間の記憶と、ビールの酔いで繋ぎ止めるという生活をしばらく続けた後、鼠は「街」を出る決心をする。いつものバーで「最後の一本のつもりだった」ビールを飲み干し、ジェイに別れを告げた鼠は「街」を見下ろす崖の上に車を停める。

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この、二つの物語というか世界が並走していく構図は、「世界の終わりと・・・」においてより明確に使用されることになるのだけど、これは夢幻能における「シテ」と「ワキ」の関係を思わせる。「鼠」が「シテ」であり、「僕」が「ワキ」なのである。そして、「配電盤」「双子」「ピンボールマシン」も、いずれも「死後の世界」「あの世」「彼岸」からやってきた「死者」たちなのである。

「君のことはよく考えるよ。と僕はいう。そしておそろしく惨めな気持ちになる。

眠れない夜に?

そう、眠れない夜に、と僕は繰り返す」

養鶏場の冷凍倉庫でピンボールマシンと対話する僕は、死後の世界にいるのだ。死後の世界で、死んだ過去の人と対話しているのである。渋谷の翻訳会社を経営し、毎日6本の鉛筆を削り、「バケツに入っているドブ水を別のバケツに移す作業」をする日常は、仮の生活に過ぎず、僕は「死者」たちと再会し、対話するためだけに生きている存在なのである。

「もう行ったほうがいいわ、と彼女が言った。

確かに冷気は耐え難いほどに強まっていた。僕は身震いして煙草を踏み消した。」

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この短い作品を読んだだけでは、何が何だかわからないのだが、それでも「僕」が時々に応じて呟く軽くてシニカルな警句や、全体を通じたなんとなく憂鬱な空気感だけでも何かを伝える力を持っているように感じる作品である。ここで「僕」や「鼠」が喪った、といっているものは何なのか。彼らの喪失感、無力感、失望はどこからきているのか。何が彼らをこれほどまでに絶望させたのか。

彼らは一体何を喪ったというのか?

いずれにしても、この作者が伝えようとしている物語の全体像は、「羊をめぐる冒険」そして「ノルウェイの森」が書かれるまでは、このある意味断片的な、脈絡のない物語からは、誰も明確には予見できていなかったはずである。そうではあるが、この短い一遍の作品単体であっても、何か大きなものが失われ、それが失われたことに対する強い想い・・・「怒り」と「絶望」といってもいいが、そのような強い感情がこの作品の底辺にあることは、十分感じ取ることが出来る。そして、それが何なのか、この作品を土台にして考え、説明を試みることができる、という意味で、やはりこれは一つの完成された物語なのだと私は思う。

昭和歌謡とオリンパス E-3

体の傷なら

治せるけれど

こころの痛手は

癒せや しない

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Olympus E-3 + Zuiko Digital 12-60mm

沢田研二「時の過ぎゆくままに」(1975年;昭和50年)からの一節ですけど、これ、今でも通用するのかな。今なら「体の傷なら医者にいけ(良い医者にね)、心の痛手を癒すため、慰謝料ください」という感じになるのかな。

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Olympus E-3 + Zuiko Digital 12-60mm

悲しみに出会うたび

あのひとを思い出す

こんなときそばにいて

肩をだいて欲しいと

・・・

人はみな ひとりでは

生きてゆけないものだから

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Olympus E-3 + Zuiko Digital 12-60mm

中村雅俊「ふれあい」(1974年;昭和49年)より。これ、流行歌だった、ということは、これ、みんなで歌って、「そうそう!」って言って盛り上がってちょっと涙がポロリンとかしていたわけなのですが、今こういう歌をしみじみ歌って、迂闊に目を潤ませたりしてしまったりすると、「孤立してるの?」「期限切れだけど、弁当やろうか」とか、挙句に「10万円あげるべきだ」「いや、半分はクーポンで!」という議論にしかならないのかな。「絆!」「勇気をあげたい!」言葉は反乱し、飛び交うわけなんだけど、「こんな時そばにいて肩をだいてほしい」というだけなんだよね。でもそうすると「それは密です!」「あの、ソーシャルディスタンスって、しってます?」って、あ、そーですか。

たんじゅんに、ただ、分かちあう、っていうことができない社会関係になっちゃったのかな。気のせいかもしれないけど、つまんない世の中になったな。って、いやー、俺もオヤジ化したね。

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Olympus E-3 + Zuiko Digital 12-60mm

あなたのために

まもりとおした

女の操

・・・

お別れするより 死にたいわ

女だから

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Olympus E-3 + Zuiko Digital 12-60mm

殿様キングス「涙の操」(1973年;昭和48年)より。いやいやいや。日本ってどういう国だったのよって感じだけど、すみません、間違いなく、こんな国だったんです。僕、目撃したから間違いない・・たぶん、今も、かな。長い目でみてやってください。いやーSDGsの道は遠いぞっと。

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Olympus E-3 + Zuiko Digital 12-60mm

ふとしたきっかけで70年台の歌謡曲を聞き出したんですが、結構ハマりますね。メロディーが、てか、「メロディー」って死語?とにかく、曲調が懐かしすぎるし、歌詞が凄い。じゅうぶん構造主義的研究の対象となりうる。でも、最近の楽曲より俺はこっちの方がわかりやすくて、好きかな。うん、ほっといて、オヤジだから。

こういうことを書きたかったのではなくて、今回ついにオリンパスE-3を入手したので、嬉しくて、今日撮り歩いた写真をアップしたかった、というただそれだけなんです。

でも、これ、うーん。結局、フォーサーズが正解だったのではないかっておもっちゃいますね。オリンパスのEシリーズは、E620にはじまり、E30、E520、E420、そしてE-1と、ひととおり手にしてきましたが、気のせいかもしれないけど、画像の質感もこれなら不満がなく、こいつで色々と撮影してみたいな、という気になります。E-1も面白いし、他と比較できない個性的な写真が撮れるけど、いかんせんインターフェースが古色蒼然としているので、実用することを考えるならやはりE-3は完成度が高い、と感じます。

しかし、重い。12−60のズームレンズをつけると、オートフォーカスも「爆速」になるけど、手に持って歩いてるだけで、近所の散歩が十分筋トレになります(笑)。

 

 

 

 

Slow Sunday, Lazy Sunday.

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Leica M + Summilux 50mm ASPH + RAW developed by LR

今日はデジタルカメラを取っ替え引っ替え、うちの猫を撮った。結論として、結局ライカ(フルサイズ)が一番それっぽい写真が撮れるのであった。以上まる。

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Olympus E-1 + Zuiko Digital 12-60mm + RAW developed by LR

しかしそれでは身も蓋もないので、20年前のオリンパスE-1でも撮ってみるわけです。これはこれで味がある・・・とはいえ、被写界深度が浅いのはこれはもうフォーサーズの宿命ですな・・・。日差しも弱く、なんとなくモワッとした感じになってしまった。

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Fujifilm X100V + Fujinon 23mmF2.0 + Classic Chrome

続いて富士フィルム。Classic Chromeというプリセットで撮りましたが、なかなか個性的でいいよね、これ。(訂正:Classic Chromeではなくて、Classic Negaでした。)

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Olympus E-P5 + Zuiko Digital 14-42mm EZ + Jpeg

今回色々比べ出したきっかけというのが、実は昨日衝動買いのこちらのカメラ、我が家のニューフェース、オリンパスE-P5のシェイクダウンです。もちろん中古で入手です。合わせたレンズはなんと電動ズーム。こんなの絶対買わないだろうと思ってましたが、ふとあるきっかけでズームレンズに興味が出てしまい、こちらを入手してしまいました。が、この後外に持ち出して使っているうちに、フォーカスが効かなくなった・・・。ボディの方もなぜかスーパーコンパネが表示されなかったり、少々心許ないが、E-P1につけてもオートフォーカスが反応しないところを見ると、不良はレンズの方かな。。またお店に行くの面倒だけど、予算オーバーで2万円も叩いて買ったので、初期不良で交換だな、こりゃ。。(追記:無事、別の商品と交換していただきました。)

しかしこうして並べてみると・・・ライカを除けば、結局どれも大して変わらないんじゃないかと・・・特にE-1とE-P5は見分けがつかないというか、結構傾向が似てるのね。同じメーカーだから当たり前なのかもしれないけど。ライカはホワイトバランスが変というか、独特の色あいですが、個性的で、何を撮っても「ライカ的」に感じさせてしまうのは、さすがというか、なんというか。

そんなことをして無為に過ごしてしまった、日曜日の午後なのでした。あ、そうそう、こちらが私の新しい相棒です。

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iPhone 11Pro

白って女の子が選ぶ色かなっていう気もしたのですが、ほとんど使われた形跡もなく、外観は新品同然の綺麗さです。ただ、よく考えたらそう言えば、E-M5は買って2年で動かなくなって、メーカー保証で基盤交換になったんだよな。。こいつも調子が悪くなると、今度は保証が効かないのが痛いな〜。

フィルムカメラが50年経ってもいまだに修理しながら使える個体が多いのに比べると、10ねんも立たないうちに足腰が立たなくなっちゃうデジタルカメラって、やはり心許ないな〜って思いました。

とはいえ、撮ってすぐに写真を見れるっていうのは、慣れてしまうと、これはこれでやめられなくなるのですよね。

 

ライカと地動説、そして杉並慕情

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昨日は下井草駅から吉祥寺駅まで、歩きました。

もう冬ですね。天気予報は晴れで家を出た時には暖かかったのですが、下井草駅を降りたら空は曇りがちで、風が冷たい。海から遠く離れているからかな。

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海って意外とあったかいんですよね。地面が意外と冷たいっていうか。

もうずいぶん前のことだけど、12月の下旬に、富士五湖のあたりから身延の方に降りて、そこからホテルをとっていた静岡まで、オートバイで走ったことがあるのだけど、標高が下がり、静岡に近づくにつれて、どんどん気温が上がっていくのに驚いたことがあります。「なんでだろう」って最初思ったんだけど「そうか、太平洋に近づいているからなんだろうな」って気がつきました。山の寒さというか、「海水って暖かいんだな」って1人で感心した、というか、納得したのでした。

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本で読んで知っていることってたくさんあるのだけど、経験として知っていることってごく僅かだと思う。例えば、地球が自転しながら太陽の周りを回っているのって、本で読んで知ってるから知ってるけど、経験として知っているかというと、どうなんだろう。僕自身の経験としては大昔の人がそう思っていたように、太陽や月や星が地球の周りをぐるぐる回ってるっていう方が実際の経験に近いのかもしれない。

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そういうことも含めて、オートバイに集中的に乗っていたあの3年ほどのあいだに経験として僕が知ったことはとても多かった様に思います。片岡義男のエッセイに「オートバイは僕の先生」っていうのがあったと思うけど、まさに、オートバイは僕の先生でした。

「いい先生にめぐりあえて、よかった。」

ちなみに地動説が日本に伝わったのは18世紀の末ごろのことだったようである。

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昨日は、去年の暮れに衝動買いしたライカMにて撮影。この一年、結局フィルム撮影の方に逆流したりして、あまり使っていなかったのですが、保証期間が残り1年ほどになり、故障させると修理代が結構かかる様ですし、保証が切れる前にもっと集中して使わないとソンだ!という持ち前の貧乏くさい考えのもと、意識的に持ち出す様にしています。レンズが50ミリっていうのがあまりシャッター回数が上がらない理由の一つかもしれず、28ミリか、35ミリのレンズを買おうかなっとずっと思っているのだけど、いやいやいや、散財してはいけない、第一高すぎるし!って自分を戒め、「写真は50ミリに始まり、50ミリに終わるのだ」と思い込む様にしています。とはいえ、東京の狭い街中だと50ミリは画角が狭すぎる様なのですよね。。

途中で出会ったのら猫たちを適当な距離で撮るときは「50ミリでよかった!」と思うのですが。

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来年は一年を通じてこのライカMとズミルックス50ミリで1年間を取り通してみようかなって思っています。

Fujifilm X-T4: 40年遅れの夏休みの読書感想文

喪失感。何かが決定的に、取り返しようもなく失われたという、不安な感覚。この一遍の小説を読み始めて読み終わるまでの二日ほどの間に、僕は何を得て、何を失ったのだろう。

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Fujifilm X-T4 + XF Zoom 16-80mmF4.0

夏目漱石の「三四郎」。今から100年も前に書かれた小説。中学一年生の僕が夏休みの読書感想文を書くための題材として選んだ本だ。「何を読んだらいいだろう」と母に相談したら、中学生になったのだから、「三四郎」くらい読んでみなさいと言ったので、この本にした。しかし、読み終わった僕は一体何が書いてあって、何が問題とされているのか、皆目見当もつかなかった。

だから、この読書感想文を書いている今、最初にこの小説を読んだ時から、40年余りが経っている。この本を勧めた母も鬼籍に入って久しいが、大変遅ればせながら、以下が僕の40年遅れの読書感想文である。

さて、この小説を読み終えた私は、冒頭に書いたとおり、得体の知れない気分に浸された。最後のページを読んで本を閉じた時に、自分が、何か漠然とした空虚なものに腰のあたりまで浸かっていることに気がついたというような感覚。何か大事なものを失ってしまった、去ってしまった、という後悔のような感覚。喪失感、というのが適切なのであろうか。では、僕は一体何を失い、あるいは見失い、あるいは手放してしまったのか。

僕が失ったもの。この小説を読み終えた、今もうここにはないもの。思うに、それは美禰子の、そして三四郎の、それぞれの少女性、少年性ではなかったのか、と考える。それは、誰しもが避けることのできない、時間の推移とともに必ず喪われることが分かっているもの。僕たちはそれが失われることを分かっていながら、わすれている。いや、むしろ自ら手放そうとしているというべきかもしれない。そして、それが失われたと気がついた時に、深い喪失感に浸されるのであろう。しかし、多くの場合、僕たちはそれを失ったことに気が付かない。そんなに価値のあるものとは思っていなかったから。別の良いものを、それと引き換えに手に入れたから。あるいは、僕たちがそれを手放してしまったことに、まだ気がついていないから。

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そして、それがもはや失われたものであったことに気がついたから、僕の心は、この喪失感のような気分に浸されているのであろう。これが僕がこの本を読んだ後さらに2、3日考えてたどり着いたことである。

この喪失感がどこから来るのか分からなかった僕は、この気分の源泉がどこにあるのか、その理由は何であったかを考えた。三四郎の美禰子に対する恋心が失われたから、読者である僕は、主人公である三四郎と同一化しているために、作中人物に擬せられた喪失感を我がことのように感じているのであろうか。否。この小説を読んで僕はそのような心理的同一性を感じるまでに、三四郎が魅力的なキャラクターであるとは思えなかった。(あるいは、そのようなナイーブな感受性をすでに摩滅させていた。)

なるほど、インターネット上に落ちている匿名の誰かたちの言説を拾ってみると、「美禰子が本当に好きだったのは誰だったのか」という問いがなされている。「据え膳も食わない三四郎は今でいう『草食系男子』。美禰子の想いや悩みを「受け止める」ことの出来ない愚鈍な男で、だから美禰子は三四郎に愛想を尽かしたのだ」「美禰子は都会風の高慢な女性で、姉のように『上から目線』で三四郎に接している」などなど。そうすると、美禰子の心をうまく掴むことができなかった、三四郎の「失敗」に、僕の感じている喪失感、というよりは、敗北感の源泉があるのか? しかし・・・僕は考える。もしも、この物語が全く異なる展開をとって、冒頭で三四郎が東京に向かう汽車で出会った女と寝て、東京に来てからも、最終的には出会った女性全てと関係を結ぶというまるで村上春樹の小説に出てくる主人公のような展開をしていたら、この喪失感は感じなかったのか、と言えば、おそらくそういう問題ではないはずである。問題は誰が誰を好きになったのかではない。彼、彼女が何故それに惹かれたのかにある。そう僕は考える。

f:id:Untitledtrueman:20211003213028j:plainおそらく、三四郎と美禰子とは、最初から結ばれることはあり得ない関係にあったというべきではないか。最後の方で与次郎が三四郎に告げたように、同い年ごろの恋なんて「八百屋お七時代の恋だ」。そんな社会的な枠組み、世代的通念を前提として考察すると、三四郎と美禰子が結ばれるという図は、時間軸の中においた社会的な当該時点における視点から見ればある意味「近未来小説」的な、相当とっぴな光景ということになるのではないか。

三四郎」の続編と言われる作品を読めば、この喪失感が何処からきたのかわかるかもしれないと、「それから」を読みかけてふと気がついた。成人した男女たちの三角関係を題材としたこの作品は、世間の中に一定の位置を占める「大人たち」の物語である、と。そして、この「大人性」ともいうべきものが、三四郎と美禰子の物語には欠落していたような気がする。してみると、「三四郎」は、大人性を具有する前の人間、「少年性」、「少女性」とでもいうべきものが描かれているのではないか?

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この物語の一つの中核を成しているモチーフは、三四郎が与次郎に貸し、美禰子が三四郎に貸した30円という金であった。思うに「大人」とは、世界を金ではかり、認識し、把握する人々のことである。大人の世界では、全ては金に換算しうるのであり、逆に言えば金に換算できないものはこの世に存在しないの同義である。金は「大人性」の象徴であると同時に、「大人性」そのものである、と言える。その金を、預かった金を競馬に使って金策に窮した与次郎の相談を受けた三四郎は、ポンと気前よく貸し渡してしまう。まるで玩具のように。もっとも、三四郎という人物の中には、少年性と大人性が同居しているので、金の貸し借りに伴って生じる気兼ねや迷惑というものにも、場面によって想いは及ぶのであるが、しかし、困り顔の与次郎を目の前にした三四郎は、金の持つ「重さ」を自覚しない少年なのである。

そして、美禰子も金を紙切れのように扱う。与次郎の計らいで、なぜか弥次郎に貸した金を美禰子から借りる、という立場になる三四郎であるが、少年としての三四郎は、美禰子に会いに行く口実ができたと喜ぶ。他方で、彼の中に同居する大人性は、美禰子が兄の許可もなしに三四郎に金を貸すことで迷惑を被ることになるのでは無いかと思料を及ぼす面もあって、その結果、美禰子と三四郎との間で貸す、借りない、の問答が始まるわけだが、しかし結局、美禰子は三四郎に金を押し付ける。そして、「さっきのお金をお使いなさい」「みんな、お使いなさい」と三四郎にいう。この時の彼女にとっても金は「重さ」を伴うものではない。紙切れのように軽いものである。そして、金の重さを受け入れず、紙切れのように扱い、三四郎に預けることによって美禰子は三四郎との関係を維持しようとしているかのようにみえる。三四郎が美禰子の金を受け取り、美禰子の「あそび」につきあう限り、美禰子と三四郎は「共犯者」の関係に立てる。三四郎が金の「重さ」に気がつき、目を覚まし、美禰子に借りた金を返すとき、2人の「銀行ごっこ」あそびは終わることになる。もしも三四郎が美禰子が挑発した通りに、金を紙切れのように扱い、みんな使ってしまっていたとしたら・・・その時は、2人の関係は少女と少年の「あそび」における共犯者の関係として、定着することになったのかもしれない。しかし、そうはならない。当然のこととして、三四郎の中の「大人性」がそれを許さないからである。

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三四郎は画工原口のアトリエに行き、制作中の絵画のモデルとして原口の前に立つ美禰子に、原口の作業の隙を見て、借りた金を返そうとするが、美禰子に無言で断られる。アトリエをでた後、峰子は三四郎にいう。「あすこじゃ受け取れないのよ。」貸した金の返済を受け入れた時、三四郎との遊びは終わる。しかし、最終的に原口が「森の女」という題号を付与したこの絵が完成するまで、遊びを終わらせるわけにはいかない。何故ならば、三四郎に出会った時の自分の姿を固定することこそがこの絵のモデルになることに同意しつつ、画工に対してその構図を具体的に指揮した美禰子の思惑だったのであり、それが完成するまでは、美禰子と三四郎は「あそび」の世界にとどまらなければならないからである。

少女性の中にとどまり続けようとする美禰子。少年性の中にありながら、大人性に移行するべき必要も感じる三四郎は、「大人性」と「少年性」の間を出たり、入ったりするように感じる。そうしているうちに、原口の絵画は完成し、美禰子は、少年性と大人性との間を逡巡する三四郎をひと息に追い越して、大人性の世界へと去っていく。それが全ての少女の宿命であることを、美禰子は知っていたからであろう。

美禰子は、この作品の前作である「虞美人草」にでてくる女性主人公の、変奏されたものであり、ふたりの男を両天秤にかけ、最終的に破滅した女性、藤尾に擬える見方もあるが、僕はこの見かたに与しない。原口のアトリエにやってきた野々宮を前にして、三四郎に頬を寄せて見せる美禰子が、三四郎をダシにして野々宮を愚弄したと読むこともできるのであるが、これまでに述べたような僕の読み方からすれば、これも美禰子の「あそび」の一部にすぎず、わがままな少女の戯れの一つに過ぎなかったのだ、と断言するのは、牽強付会の論というべきであろうか。いわば野々宮は「大人性」の象徴であって、美禰子の「少女性」を永遠に定着させるための作業の場に闖入してきた野々宮に対して、少年性を共有する仲間とみた三四郎を巻き込んで、対抗しようとする少女の姿とみるべきではないのか。「ここはお前たち『大人』の来る場所ではないのだ」とでも言わぬばかりに。

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例えば、広田先生の新しい借家への引っ越しの手伝いに駆り出される三四郎。荷物より先に到着した三四郎がやることもなく、ぐずぐずしているところに美禰子がやってくる。「三四郎池」での出会いから数えて、三度目の、二人の邂逅の場面であるが、お互いの自己紹介や世間話などをした後、掃除をしなければならないだろうということに同意した三四郎に、美禰子が掃除道具を隣家から借りてくるように促す場面。美禰子の示唆に従って、隣の家から掃除道具を借りて三四郎が戻ってくると、三四郎が出て行った時と同じ場所に座ったまま、空を眺めている美禰子がいる。このシーンを「三四郎を使いに走らせて、姉のように振る舞う美禰子」と見る向きもあるかもしれないが、僕はむしろ、周囲の大人たちが動き回ってくれなければ、自分では何もできないし、しようとしない、無力な存在としての「少女性」を見るのである。(姉のように振る舞う女性といえば、おそらく「それから」の梅子が代助に示して見せるような態度を言うのではないかと思う。)

そして、借家の二階の窓から流れていく雲を眺めて「駝鳥の襟巻に似ているでしょう」と三四郎にいう。これに対して三四郎が野々宮から仕入れた「雲のように見える物は雪の結晶である」という解説を教えると、「雪じゃつまらない」という美禰子の言葉も、子供じみたわがままのように聞こえる。

そして、町民たちでごったがえす菊人形祭りの団子坂の人いきれに疲れた美禰子を誘って、あるいは美禰子に誘われて、谷中の方に連れ出した三四郎

「そうして美禰子を振り返って見た。美禰子は右の足を泥濘のまん中にある石の上へ乗せた。石のすわりがあまりよくない。足へ力を入れて、肩をゆすって調子を取っている。三四郎はこちら側から手を出した。

『おつかまりなさい』

『いえ大丈夫』と女は笑っている。手を出しているあいだは、調子を取るだけで渡らない。三四郎は手を引っ込めた。すると美禰子は石の上にある右の足に、からだの重みを託して、左の足でひらりとこちら側へ渡った。あまりに下駄をよごすまいと念を入れすぎたため、力が余って、腰が浮いた。のめりそうに胸が前へ出る。その勢で美禰子の両手が三四郎の両腕の上へ落ちた。

『迷える子』と美禰子が口の内で言った。三四郎はその呼吸を感ずることができた。」

 

Soseki Natsume. Sanshiro (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1808-1815). Kindle . 

この美禰子の仕草、動きに、計算された女の誘惑というよりは、少女の戯れを、僕は見るのだ。

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この小説を二度読むと、実は二十年ほど経過したのちに美禰子に再会する三四郎の姿が描かれていることに気がつく。最初、このことに僕は気がつかなかった。しかし、一度この小説を読んだ後に感じた得体の知れない喪失感のでどころを捕まえようと、この小説の様々な場面を読み飛ばしているうちに、そのことに気がついたのだ。それは、三四郎が広田先生の家を訪ね、昼寝から目覚めた広田先生がまどろみの中で見た夢、という形で描かれている。広田先生は、夢の中で二十年前に出会った十二、三の少女に再会する。少女は二十年という年月の経過に関わらず、変わらぬ姿で現れる。この少女はすなわち画工原口が描いた、というよりは、美禰子が原口に描かせた、あの絵の中の美禰子なのだ。

以下に当該の記述を引用して僕の読書感想文を終えることにする。「三四郎」という小説において漱石がいい表そうとしたことはここに端的に述べられているように、僕には思われる。僕なりの言葉で、それを言い換えるとすれば、それは、こういうことだ。

人は、何かを得ることを予定し、計画し、それを目的として「生きる」のではない。「生きる」とは、「それ」を通過することである。そしてたえず何かを葬り去りつづけることである。何かを喪いつづけることである。そして、喪われることが、端からわかっていたとしても、そうであるからといって、その生きる行為に価値がなくなるのではない。寧ろ、何かを得るために生きられた生ほど、見窄らしいものはない。何故ならば、そうして得られたものも結局は喪われるのだというこの明らかなことに無知であるからだ。それは「のっぺらぼう」の人生ともいうべきかも知れない。

自らの宿命を知ることなく、あるいはそれに気づかぬふりをして、生きられる人生ほど、無意味なものがあるであろうか。

それが、この物語を読んだ僕が感じた一つの真実である。

「ぼくがその女に、あなたは少しも変らないというと、その女はぼくにたいへん年をお取りなすったという。次にぼくが、あなたはどうして、そう変らずにいるのかと聞くと、この顔の年、この服装の月、この髪の日がいちばん好きだから、こうしていると言う。それはいつの事かと聞くと、二十年まえ、あなたにお目にかかった時だという。それならぼくはなぜこう年を取ったんだろうと、自分で不思議がると、女が、あなたは、その時よりも、もっと美しいほうへほうへとお移りなさりたがるからだと教えてくれた。その時ぼくが女に、あなたは絵だと言うと、女がぼくに、あなたは詩だと言った」

夏目漱石三四郎」より)

 

Fujifilm X-T4と「三四郎」

「『どこか静かな所はないでしょうか』と女が聞いた。

谷中と千駄木が谷で出会うと、いちばん低い所に小川が流れている。この小川を沿うて、町を左へ切れるとすぐ野に出る。川はまっすぐに北へ通っている。三四郎は東京へ来てから何べんもこの小川の向こう側を歩いて、何べんこっち側を歩いたかよく覚えている。美禰子の立っている所は、この小川が、ちょうど谷中の町を横切って根津へ抜ける石橋のそばである。

『もう一町ばかり歩けますか』と美禰子に聞いてみた。

『歩きます』」

Soseki Natsume. Sanshiro (Japanese Edition) (Kindle の位置No.1707-1712). Kindle .

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Fujifilm X-T4 + XF16-80mmF4.0 + RAW developed by Adobe LR

1年ほど続いた「ライカモード」を経て、先日、久しぶりに我が家の最新鋭機、FujifilmのX-T4にズームレンズをつけて持ち出しました。フジのXシリーズはJpegで綺麗な写真が撮れるのでもっぱらJpegモードで撮影していましたが、今回は久しぶりにRAWで撮影して、Adobe Lightroomで現像してみました。

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今回は東西線神楽坂駅から早稲田駅の間を放浪。この辺り、明治の文豪、夏目漱石と縁のある土地です。街を歩いているうちにすっかり懐かしくなって、数十年ぶり?に「三四郎」を読んでみたりしました

「すべての物が破壊されつつあるようにみえる。そうしてすべての物がまた同時に建設されつつあるようにみえる。たいへんな動き方である。」

Soseki Natsume. Sanshiro (Japanese Edition) (Kindle の位置No.263-268). Kindle 版. 

熊本から上京した三四郎は東京に驚く。上に引用したのは、その彼のobservationの一部ですが、100年経った今日においてもこのことは変わらない。「変わり続けること」だけが「変わらない」東京の姿なのでしょうか。

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X-T4の良いところは、なんといっても、静かでソフトなシャッターレリーズの感触です。私じしんの使い方では、動画も撮らないし、連写もしないし、超高感度も使わないので、X-T4である必要はないのかもしれませんが、シャッターを切った時の感触や、ISOダイヤル、シャッタースピードダイヤルのクリック感といったユーザーインターフェースがPro-1、 Pro-2、X-E2にはない落ち着いた品質を感じさせるのですよね。ということで、すっかりX-T4に惚れなおしてしまった私、今週も持ち出したのですが、昨日のような重苦しい曇り空という状況だと、デジタルらしいシャキッとした画像が撮れず、そのうち雨粒が落ちてきたこともあり、珍しく1時間ほどで撮影を切り上げてしまいました。

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どうやらデジタルカメラはよく晴れて、空気の澄んだ日に使うのが良いようです。

ところで、冒頭に引用した「三四郎」の一場面は、おそらく今の千代田線千駄木駅のあたりではないかな。この辺りに南北に谷戸川という川が流れていたようです。今は地下水道に姿を変えてしまっていますが、この辺りを歩いていると、いかにも以前は川筋でした、というくねり方の路地があるのだけど、三四郎がいっている「小川が流れている」というのは、この路地、かつての谷戸川のことなのではないかと、思います。ここから少し歩いて草の上に腰を下ろしたところで美禰子が「Stray Sheep」と呟くわけなのですが、そんな長閑な風景の面影は、今は想像するしかありません。

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やはり「三四郎」の冒頭、東京に向かう汽車で乗り合わせた男(広田先生)との会話の中で、西洋人は美しい、日本人は「哀れ」だ、いくら日露戦争に勝って一等国になったと威張っていても、中身は貧しいものだ、という男に対して、三四郎がやんわりと否定の言葉を口にする。

「・・・三四郎日露戦争以後こんな人間に出会うとは思いもよらなかった。どうも日本人じゃないような気がする。

『しかしこれからは日本もだんだん発展するでしょう』と弁護した。すると、かの男は、すましたもので、

『滅びるね』と言った。」

Soseki Natsume. Sanshiro (Japanese Edition) (Kindle の位置No.249-251). Kindle 版. 

この小説が書かれたのが1908年。日露戦争の3年後。ポツダム宣言受諾まで37年。歴史の時間軸の中で考えると、果たして今、40年後の日本をこれほど的確に予測できる人間がいるだろうか。

この小説を読んでいると、学生たちの会話の中には、冒頭のベーコンに始まり、カント、ヘーゲルニーチェまで登場する。「御一新」以来ほんの数十年の間に西洋的思想を吸収しようとした日本の「駆け足」ぶりが垣間見えるようです。

 

ヘーゲルの講義を聞かんとして、四方よりベルリンに集まれる学生は、この講義を衣食の資に利用せんとの野心をもって集まれるにあらず。ただ哲人ヘーゲルなるものありて、講壇の上に、無上普遍の真を伝うると聞いて、向上求道の念に切なるがため、壇下に、わが不穏底の疑義を解釈せんと欲したる清浄心の発現にほかならず。このゆえに彼らはヘーゲルを聞いて、彼らの未来を決定しえたり。自己の運命を改造しえたり。のっぺらぼうに講義を聞いて、のっぺらぼうに卒業し去る公ら日本の大学生と同じ事と思うは、天下の己惚れなり。公らはタイプ・ライターにすぎず。しかも欲張ったるタイプ・ライターなり。公らのなすところ、思うところ、言うところ、ついに切実なる社会の活気運に関せず。死に至るまでのっぺらぼうなるかな。死に至るまでのっぺらぼうなるかな」

Soseki Natsume. Sanshiro (Japanese Edition) (Kindle の位置No.651-660). Kindle . 

法の哲学: 自然法と国家学の要綱 <a href=*1 (岩波文庫 青 630-2)" title="法の哲学: 自然法と国家学の要綱 *2 (岩波文庫 青 630-2)" />

 

 

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Summer Cheer

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Fujifilm X-E2 + XF35mmF1.4

夏のいいところはビールがいつにも増して美味しいところですが、デジタルカメラのいいところって、撮ってすぐに結果を見ることができるっていうことですよね。

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Leica M + Summilux 50mm

フルサイズだからなのか、ライカだからなのか、さすがお高いカメラで撮ったなっていう感じに見えるところが、やっぱりライカってすごいなって思いました。

ところで久しぶりに日野皓正のアルバムを聴いてます。1970年代の終わりから80年代にかけて「フュージョン」っていう分野の音楽が流行った時期があったけど、日野皓正もよくCMの音楽に使われてたように記憶しています。改めて聴くと、なかなかいいですね。

デジタルカメラのいいところはISO感度を自由自在に変えられて、ISO3200とかにも、できちゃうっていうところですよね。

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Fujifilm X100V

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Fujifim X100V

去年折角買ったX-T4、最近あまり使ってないな。もっと使ってあげないと、かわいそうだ。この間岩合さんの「猫歩き」を観ていてムラムラっとOM-Dが欲しくなり、そのあとE-P7が発売されたので、久しぶりにマイクロフォーサーズ、行っちゃう?っていうモードになってしまったのだけど、量販店で実機を見て、無事物欲の炎を鎮火することができたのでした。うーん・・・チルト式の背面液晶パネルが出っ張ってるのが、ちょっと好みではありませんでした。。ある意味、よかった。。。と言いながらも「これだったら、手持ちのE-P1も時おり挙動が怪しくなってきたし、そろそろだいぶ中古の値段も下がってきたE-P5買っとく?」と考え始めている自分が怖い気がします。。